大田原キャンパス

学科トピックス

【シリーズ 私の臨床8】 人生の時間軸と出会いの「奇跡」

2021.02.04

時間はすべての人に平等に存在します。「現在」は‟今この一瞬"だけであり、それより前は「未来」、後ろは「過去」です。地球上の異なる場所で生まれ育った人同士が、この時間軸上で「出会う」のは一瞬であり、それで人生が大きく変わることがあります。文学的に表現するなら「一期一会」でしょうか。人が出会う理由は何か? そう、出会いの理由や原因はいくら考えても分からないので、私達は現在や未来の自分にどのような影響があるのかという視点から「運命」ということばで後づけしたり納得したりします。

 国を代表するほど将来を有望されたスキージャンプ選手が、北の大地で開催された日本選手権での不運な事故により、奇跡的に一命をつないだ代わりに一生歩けない状態になった時、そこから5,800kmほど離れた日本最南端に位置する小さな島で、いずれことばのリハビリを担う1人の男の子が生まれました。その瞬間から二人の時間軸はそれぞれの未来に向かって進んでいったはずなのですが、約30年後、見えない何かに引き寄せられるように、2人の時間軸はお互い言語聴覚士という立場で重なることになります。彼は、「生きること」についてベッドと車椅子でもがき苦しみなら深く考えて患者さんと向き合い、成長した男の子は、「障害」とは何かを深く考え、今なお仕事の基盤であり続けています。人の過去に「イフ」をつけることが良いのか悪いのか分かりませんが、「こうなっていたら」の1つに「事故がなかったら、会うことはなかった」という男の子の視点からの後づけがあります。一方にとってのマイナスが皮肉にも他方にとってはプラスであり、それ以上でもそれ以下でもありません。出会いによってそれぞれにもたらされた心の動きは、ただ、30年間という時間の流れによって深く関わる人々を包み込みながら自然にゆっくりと人生に染み込み、相応の感性が身についていくのだと思います。
 人を相手にする仕事は、「出会い」であると同時に、それだけで奇跡であり運命です。これまでの、治療室で未来ある無邪気な時間軸達との出会い一つひとつに忘れられない物語があり、多くの大切なことを教えて頂きました。その経験は私の人生観に大きく影響しています。

 これから先、一生懸命に生きている様々な時間軸、今、同じ時間軸にいる学生、これから私の時間軸にのっかってくる多くの若い時間軸との‟一期一会"を楽しみにしながら、この仕事を続け、そしてこの魅力を伝えていければと思います。

言語聴覚学科 前新直志
(林 克:『季節の向こうになに が見える-21歳の冬、僕の手足は感覚を失った-』.幻冬舎,2020)