【シリーズ 私の臨床9】 「音の世界で人との世界を繋ぐ」
聞こえるということは、私たちの日々の生活の中でどのような役割を果たしているのでしょうか。ニュースやアナウンスで情報を入手する、家族や友人と話をする、雨や風の音を聞く、音楽を楽しむ、危険を感じ取る・・・・そして、人との関係を保つために大きな意味を持っています。私は、言語聴覚士として聴覚障害臨床に携わりながら、「聞こえる意味」について、臨床の中で日々考えています。
言語聴覚士は、補聴器での効果の得られない重い聴覚障害の方への聴覚補償機器である人工内耳の音の調整をします。手術後に、初めて音の調整(プログラミング)をして、その方に音を届けることを「音入れ」と言い、これまでたくさんの方の音入れに立ち会いました。
長年聞こえにくく、家ではご家族と筆談で会話をされていたAさんは、いつも家族の会話に混じれずとても寂しそうでした。外出も減り、大好きな登山も友人と会うのも止めてしまったそうです。手術をして、久しぶりの音を聞いた瞬間、「変な音」と仰っておられましたが、その目には涙がこみ上げ、「すごいですね。聞こえます。」と何度も何度も頷いておられました。ご主人の声も、家族の賑やかな笑い声も、長い間ずっと聞きたいと待ち望んでいた音のひとつひとつが、Aさんにとっては「音が聞こえる」だけでなく、「家族とまた繋がることができた瞬間」なのだと感じました。
言語聴覚士は補聴器や人工内耳を調整して単に音を届けるだけはなく、人と人との世界を繋ぐ仕事だと思っています。
言語聴覚学科 大金さや香