大田原キャンパス

看護学科

DEPARTMENT OF NURSING

看護学科

吉澤 美帆(国際医療福祉リハビリテーションセンター なす療育園)
「言葉だけに頼らない看護を学んで」
私は祖母のケアをしてくれた看護師、ホームヘルパーの母を見て、看護師をめざしました。3年次の実習を終え自分の興味のある分野は何かを考えた時、ボランティアで関わっていた障害児との触れ合いを続けていきたいと思い、なす療育園に就職しました。対象は障害児・者で、重症度はさまざまです。何を伝えたいのかがわからない悩みもありますが、信頼関係を築き、ひとつずつわかっていく喜びはひとしおです。言葉に頼り切らない看護を学び、観察力も身につきます。働きながら、呼吸療法認定士を取得しました。次は重症心身障害児・者の認定看護師をめざしています。

小圷 宏美(国際医療福祉大学三田病院)
「がん看護の魅力」
看護師をめざしたのは、身近な人が立て続けに入院して、私にできることはないかと思ったのがきっかけです。大学の実習は大変だったというのが感想です。でも、寝たきりの患者様が表す反応ひとつひとつに嬉しさを感じ、さらに、ご家族の抱える不安を知ることができました。現在は、頭頸科と歯科の病棟で働いています。手術、抗がん剤治療、放射線治療を行っていて、手術後寝たきりだった患者様ができることを増やしていく過程や、退院する姿を見られるのがこの仕事の魅力です。悩んだ時、授業で言っていたことを思い出して、患者様の状況を理解することもたびたびあります。

宮田 優希(国際医療福祉大学病院)
「多様な助産師の仕事」
年齢の離れた妹が産まれた際に助産師の仕事を知り、中学校の職業体験では産婦人科病院を希望し、偶然お産に立ち会いました。助産師をめざし、大学では看護師と保健師の資格を確実に取得するために、授業の復習や模擬試験の解き直しを徹底しました。大学院に進学してからも、分娩介助で関わった母親や赤ちゃんへの感謝の気持ちを忘れずに勉強を続けました。学生の時、病院見学で副看護部長が言われた「助産師はお産だけでなく、女性の一生に関わる仕事」という言葉が強く心に残っていて、思春期や更年期の女性も支援できる助産師になりたいと考えています。

和氣 佑介(国際医療福祉大学市川病院)
「患者様の立場に立った看護をめざして」
私は進路を決める際に、子どものころに3週間入院した時の経験と記憶が大きな決め手になりました。大学の勉強では、老年看護学の実習で出会ったパーキンソン病の患者様が印象に残っています。四肢拘縮が強く、ベッド臥床だったのが、3週間で車椅子に座るまでにADLが向上し、表情も豊かになりました。現在は希望した呼吸器病棟で働いています。呼吸器と循環器の関係にも興味を持って勉強しています。大学時代から、先輩でも友人でも目を見て話を聞くことを心がけていました。現在では、患者様の話を心に寄り添いながら聞くことで、患者様の立場に立った看護を心がけています。

松本 知香(栃木市役所 藤岡総合支所 健康福祉課)
「ウェルネスの考え方を基盤にした保健師活動」
私は地域の保健医療への関心が強く、「健康な人をより健康に」というウェルネスの考え方が自分に合っているので、市町村の保健師をめざしました。大学4年次の地域看護学実習で聞いた、「保健師は地域に暮らす人全員が対象。だから、看護師よりも深い知識やアセスメント力、判断力が大切」ということばが心に残っています。現在は健康増進チームで、母子保健を担当しています。乳幼児健診、発達相談、赤ちゃん訪問などで、多くの赤ちゃんや母親と関わり、たくさんの笑顔が見られることがこの仕事の魅力です。大学で学んだ対象者との関わり方や傾聴の姿勢などが生かされています。

手塚 佳央梨(国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻 助産学分野)
「大学院での助産学の学び」
私は自分が生まれた時の話を母から聞いて、助産師に魅力を感じていました。最終的に決心したのは、大学2年次の母性看護学の講義でお産のDVDを見たことがきっかけでした。新しい命を誕生させようとしている女性の姿に魅力を感じ、自分もサポートしたいと思ったからです。大学を卒業してそのまま大学院に進学したので、臨床経験はわずかでした。大学院では、実習期間が長く、助産院での実習を含めて15例の介助を経験をしました。多様化する出産の環境、正常分娩とハイリスク分娩、母親への支援を実施するにあたっては、大学で学んだ母性看護学の知識が役立っています。